Women’sおすすめポイント
簡単に言うと、老いてきた夫婦のお話。でも、この映画はその一言で表すのにはちょっともったいない、そう思える作品です。まさにこのエイジに突入している人達はもちろんのこと、若い世代のカップルにも訴えかける力があります。
ニューヨークのある物件に住む老夫婦は、エレベーターがない物件に住み続けることができるのか?と、その思い出の家を売ることを考えます。しかし、モーガン・フリーマン演じるアレックスは、ダイアン・キートン演じる妻のルースよりも、なかなか決心することができません。それは若かりし頃、妻がこの家を持つことを大喜びしたことや、黒人と白人の付き合いが難しかった時代のことや、出会った頃の記憶など、全てが詰まった家だったからなのです。老夫婦が「家を売るのか、売らないのか」と考える時間は、考えているその時間だけではなく、これまでの人生をも背負っているのです。2人の素朴だけれど愛が垣間見られるやり取りや、お互いを思う優しい気持ちに癒される物語です。
この物語では、夫が妻との若い頃の思い出を思い出すシーンが多くあります。男性監督が創る作品でのそれは、普段そんなところを夫や彼氏から垣間見ることがない、現実を生きる女性たちに、希望と優しさをもたらします。ほとんど無反応な夫、はじめほど盛り上がらない2人の会話、そんな映えない毎日に飽き飽きしても、もしかしたら夫や彼氏は、ふとしたきっかけで2人の始まりを思い出しているかもしれません。この作品を見れば、そういう夫や彼氏を愛おしく感じるはずです。
モーガン・フリーマン演じるアレックスの物思いに同調
妻のルースは、自分たちの家を手放すことにもちろん抵抗がないわけではないのだと思います。ただ、シンシア・ニクソン演じる姪が不動産であるが故に、何となく後に引けなくなっており、現実を見て今やるべきことに必死な様子です。しかし、アレックスはルースが一生懸命にやることにケチをつけたり、協力的でなかったり、なかなか腰が上がらない様子でしばらく話が進みます。アレックスも現実は理解しているのです。でも、いざ「家を売ろうか」となって見れば、いつも何も考えずに開けている玄関のドアの先に映るのは、“あの頃”の自分たちで、いつも何の気なしに居るアトリエにしている部屋では、出会った頃の自分たちを思い出してしまうようでした。
決断をしたつもりでいても、現実を受け止めるだけでは、気持ちの整理がつかないこともありますよね。頭ではわかっているけれど、心は慣れ親しんだ家を売るなど、気持ちが乗らないものです。アレックスは、若い頃の思い出を大切にしているのが見ていてよく伝わります。大切に思っているのは、もちろん今隣にいる一緒に老いてきた妻です。でも、若い頃の“あの妻”も愛しているのです。だからこそ、“彼女”と住んできたからこそ、この部屋を売れないのだろうなと、共感してしまいます。
モーガン・フリーマンの哀愁漂う顔立ちや、ユーモアやセンス、ロマンに溢れた眼はとても魅力的です。この作品でも惜しみなくその雰囲気を漂わせています。何も言わなくても伝わる、そんな気がします。そしてそれがまた、夫婦の在り方に深見を持たせているのです。
ダイアン・キートン演じるいつまでも可愛い妻ルース
愛犬が病気だと聞いてできることはなんでもしたいと思うルースの横で、アレックスは延命治療について医師に話しを聞きます。アレックスも、助かって欲しいと思っているのですが、お金の工面ができるかが心配で確認するのです。ともすれば喧嘩になるかもしれない内容ですが、ルースもアレックスの心配を理解しているのか、アレックスに乞うような形ですがります。意見は言うのだけれど、相手を思いやったり、きつく一方的に口論するようなことはしないのです。哀願するルースを見れば、アレックスは意見を寄り添わせたくなりますよね。
また、アレックスはおそらく持病があるのでしょう。薬を飲むことを忘れていないかルースが尋ねます。アレックスは飲んだと答えますが、実際にはその後で薬を口に放ります。きっと、ルースは全てわかっているのでしょう。でも、アレックスを1人の大人の男性として、なんでもかんでもお世話するようなことまではしていません。責めるでもなく実際飲んでいないことを指摘するでもなく、さらりと流す。こちらもまた自立した大人の女性の振る舞いです。この夫婦がいつでも可愛らしく、お互いを愛し合って居られるのは、相手を尊重し優しさを持って接しているからでしょうか。
ドラマ的だけど現実的な出会い
アレックスは画家であり、ルースはアレックスの絵のモデルになったことがありました。その時の受け答えはとても印象的です。ルースが「美人な子でなく私を選んだのは何故?」と聞きます。アレックスの答えにルースは「Good answer」と満足気に言うのです。その答えは「You are real.(君は現実的だ)」でした。
「リアルだ」と言われて喜ぶ女性がどれほどいるのか分かりませんが、彼が画家であり、画家である彼が描きたいと思う人として選ばれた、という事実が既に彼女の心を裸にしていたのかもしれません。味のある男の一言とは、また実に味があるものです。画家とモデルの出会いなんて、ドラマ的な出会いかと思いきや、エピソードは意外にも素朴で、一生を共にする人とは、いかに素朴な心の触れ合いができるかが大切なことのように映ります。
障壁のある恋愛
まだこの時代は、黒人と白人の結婚を手放しで喜べる時代ではなかったようです。ルースが実の母親と姉と話すシーンでは、母親でさえも自分たちの結婚を喜んでもらえない苦悩が描かれています。いつの時代も、誰の時も、結婚には譲れないものがあるものです。彼女たちの問題が人種の問題にあっただけで、結婚にはいろいろ考えなければいけないものがついて回ります。ルースも哀しかったであろうと思いますが、母親の「祝ってやれなくてごめん」という、無念がこもった顔は忘れられません。
結婚を考えているこれからの若い2人にとっては、親から結婚を反対されるもしくは、親に相手を気に入ってもらえないこと、は想像以上に苦しいことです。アレックスとルースは、そんな時代も2人で一緒に生き抜いてきました。周りから認められない結婚をすることに、ルースの母親は心配していましたが、2人は見事にやり遂げているのです。今が苦しいからとその選択を辞める以外にも道があることを、2人は教えてくれているようです。
子供がない2人
アレックスとルースには子供ができず、そのせいでルースが自分を責めるシーンがあります。年老いた2人のシーンからでは、そんな悩みを抱えていたとは分からないほどに穏やかでしたが、年老いた2人には積みあげてきた経験があり、それらが2人の関係性を創っているのは事実です。思い悩んだ若い頃、アレックスは落ち込むルースを一生懸命慰めています。その後ルースの退職祝いに、アレックスは犬をプレゼントしています。きっと、子供がなかった2人にとって、子供のような気持ちで愛犬をプレゼントしたと思えば、アレックスなりのルースに対する思いやりだったのではないでしょうか。
子供という存在は、いてもいなくても2人のカップルにとっては転機になる一大事です。子供を産むことを境に夫との関係が変わったり、アレックスとルースのように子供ができずに悩むこともあります。しかし、アレックスとルースは、そんな転機でも一緒に居続けることを決め、2人で歩んできています。
現実的な恋のエンディングを再現した映画
アレックスとルースの若い頃のシーンにより、2人は素朴に心通う出会いをし、親から認めてもらえない恋をし、子供を授かることができないという壁を経験しているのが分かります。全て、現実にこのような経験をしている人がいてもおかしくないほど、現実的なエピソードです。若い頃の2人を主人公にして若い頃の2人のままに物語を終わらせても良いほどに、共感を覚えてもらいやすいエピソードだと思います。しかし、この映画で最も大切なことは、若い頃の喜びや悲しみを乗り越えた先を見せていることです。住んできたアパートを売るかどうかを論点と見せかけた、“こんな老夫婦になるために、現在の自分のパートナーの大切さを知るための”映画なのです。私たちが日頃向き合っている現実の恋のエンディングを、ちょっと味見してもっと頑張って生きるために。
Women’sおまけポイント
私たちは誰も未来を見ることはできません。しかし、アレックスとルースを見ていると、様々なことが起こっても、きっと乗り越えられるという気持ちにさせられます。人生の終盤である彼らの姿を見ることで、自分たちの終盤を想像できます。彼らの若い頃を回想シーンで見ることで、今自分たちの身に起こっていることが不安でも、乗り越えた先の2人のように歩幅の合った関係性を知ることができ、今を頑張れそうな気持ちになれるのです。冒頭で紹介したように、まさに主人公たちと同じ段階の人にとっては、共感の嵐のストーリーだと思いますが、実は若い人達にこそ見て欲しい物語かもしれません。1つの関係を大事に育むことの心地よさを教えてくれます。
kato
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